UFO in '70s
1970年代のUFOブームについて
70年代日本UFO研究史-メインストリームではないものたち
※この記事は2019年1月にブログに上げた記事の書き直しです。

CBA出身の天宮清氏が先日上梓された『日本UFO研究史』の「第3部 国内のUFO研究史」には、その50年代以降の黎明期における日本空飛ぶ円盤研究会、近代宇宙旅行協会、CBAなど、そして70年代以降の氏が「第二世代」と呼ぶ日本宇宙現象研究会およびその周辺に至る、いわばメインストリームにおける登場人物が整理されていてとても興味深いです。
ところで、そういったメインストリームとは別に、70年代のブーム以降には、各地方でも小さな団体や活動家がいたことも忘れてはならないかもしれません(いや忘れて欲しいと思う人もかなりいるかもしれませんが)。僕が当時手に入れたわずかな資料から、少し紹介したいと思います。
ユーホロジストクラブ

静岡県の平野泰敏氏が代表をする会で、1974年3月の「ユーホロジスト」No.15には、「本紙は、昨年1月、全日本UFO研究者連盟会議(事務局長平野泰敏)の機関誌として創刊されました」とあるので、創設年は1973年1月と思われます。
そして「会議の目的は、各UFO研究団体、研究グループ、会に属さないUFO研究者の横のつながりを、より緊密化する為に結成されたものです」とあります。
「コズモ UFOと宇宙」誌の第4号に会員を募る広告を出していて、僕はそれで知ったのだと思います。それによると「ユーホロジスト」誌はB5版6ページの月刊誌で「UFO問題ミニ情報誌」としており、内容紹介では「国内UFO研究界近況紹介・読者の声・旧資料の再録紹介・その他」とあります。
実際、内容を見てみると、「誌友の声」では、平野威馬雄氏をはじめ、この頃はFSFS(空飛ぶ円盤研究会)代表だった北島弘氏や、日本大学UFO研究会代表大槻哲史氏、その他市井の研究者と思われる方からの手紙が紹介されています。「国内UFO研究界ニュース」では新グループの発足報告、各グループの機関誌の発行報告、刊行物報告、講演報告などがあり、「幻の名著・再録紹介」ではジェラルド・ハード著の「地球は狙われている」からの抜粋が掲載されています。
UFO研究・同好会

「UFO研究・同好会」という名のグループです。三重県の番園武氏が代表する会で、「OBSERVER」という機関誌を発行していました。1977年春号の表紙裏には「当会の性格」として以下のように記されています。
「(前略)UFO研究は紀伊山地を取り囲む三重、和歌山、奈良それに滋賀県の四県を重点的に取り組むものであり、四県の遺物、神社、仏閣等を通説を交え、観念的見解で追ってみるものである。(後略)」
ここに書かれているとおり、この4県のみに絞っているところがユニークです。内容的には観測報告が詳細に渡り、誤認しやすい航空機の構造を図解で解説したり、伊勢の天女伝説を宇宙人とする仮説や空海が高野山を選んだのには理由があるという仮説(鉱物や断層—「UFOと断層」)が展開されています。報告や論がいずれも徹底されていて好感が持てます。
国際UFO研究会

こちらも三重県です。津市の古市彰文氏が代表をする会で、「国際UFO研究会だより」という冊子を発行していました。1976年12月の復刊1号の表紙裏には会長古市氏の「復刊1号にさいして」の以下の文章があります。
「近年、UFOの動きは活発化を増し、国内においてもショッキングな事件が続発、いよいよその正体を我々の前に現しつつあり、これからの動きが注目される現在です。(中略)全国のUFO研究者が集結し、新しい展開がなされるよう望みます」
内容としては、UFO学入門、個人のUFO目撃報告および意見投稿、イベント報告、シカゴ国際UFO会議のまとめ、各地の新聞のUFO目撃記事の抜き書きやコピーなどです。
日本大学UFO研究会

これはむしろメインストリーム寄りかも知れませんが……
後に日本宇宙現象研究会の主要メンバーとなる大槻哲史氏が会長の日本大学UFO研究会の会誌は「UFO RESEARCH」でした。
1975年4月発行の同誌No.4では会長の大槻氏が、その年の2月に発生した甲府事件を自身で調査して報告しています。
また、日本大学には日本大学超心理UFO研究会というのもあって、どうも同じ会らしいのですが、その総統?は高橋洋一氏で、同誌のNo.5 には「新UFO論争—UFOLOGY-過渡期の科学」という論文を書いていて、UFO存在の論証の困難さと論証方法の考察という極めて根本的な論を展開しています。
また、各号で観測されたUFOの分析報告が池田隆雄名でされているのですが、この池田氏とはあの『日本のUFO』の池田隆雄氏なのか?だとすれば寄稿文?……僕の知るところではないのですが、そうだとすればすごいです。
いずれにしても、甲府事件のタイムリーな対応といい、まさに本格的な研究誌だったようです。ある意味、前の記事で紹介した京都大学UFO超心理研究会の機関誌「宇宙波動」とは対極的な存在(両者ともにいい意味で)だったのかもしれません。ただし、多分大槻氏の就職などがあったためかもしれないですが、上記No.5号は1976年から1978年11月にかけて少しずつ(多分断片的に追加されながら?)印刷発行されたものだそうです。
日本UFO研究史という意味で、活動の大きな潮流があったのと同時に、当然ながら上記のような活動もあったということの一端が少しでも伝わればと思いました。
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