UFO in '70s
1970年代のUFOブームについて
UFO事件の「さみしさ」
※この記事は2018年8月にブログに上げた記事の書き直しです。
同人誌『UFO手帖 2.0』等のSpファイル友の会代表、秋月氏著の『さみしいUFO。』(2018年8月Spファイル友の会発行/全28ページの小冊子)を購入させていただきました。とてもいいです。

前にこのブログで、稲生氏の『定本 何かが空を飛んでいる』の以下の引用の言葉への共感を書いたけれど、それは「さみしい」ということでもあるのだなあと納得しました(?笑)。
円盤は悲しい。
円盤は恥ずかしい。
(『定本 何かが空を飛んでいる』P14)
小冊子『さみしいUFO。』においては、「さみしさ」の理由にはいくつかのパターンがあり、それを各章で具体的な事件の引用をもとに、1ページほどの短い文章で、その「さみしさ」がつまびらかにされていきます。
例えば、最初の章「ひとりUFO。」では、大抵のUFOや(主に)宇宙人との遭遇はひとりで行われ、そのため結局証拠のない体験談となり、僕たちの間で話が「浮遊」し、その「不全感がさみしい」のであるとしているのだけれど、そのようなベタな説明ではない、なんというか文章自体が詩情に昇華されていてすごいのだ。
それはある種の「感覚」で、多分、僕自身もUFO事件に感覚として共通のものを見ているので共感するのだと思います。
似た感覚のある本で『PHENOMENA』という本もとてもいいです。
『PHENOMENA』を最初に知ったのはウェッブ版WIRED誌(→この記事)でした。
そして、この記事を読んですぐに注文してしまいました。フランスから航空便で届いたそれはA4大のクロス装丁ハードカバー本で、およそUFO本らしくはありません。

内容としては、かつておきたUFO事件の当事者や関係者たちを再取材したインタビューをもとに、淡々とした記事が書かれているのだが、添えられている写真があまりに芸術的すぎて、これらの出来事がUFO事件というよりも人間の何か深い性(サガ)のようなものから生じているのではないかと感じさせられてしまう。そのサガとはすなわち「さみしさ」ということで(都合良くまとめすぎ?)。
実際、ページの写真をくるごとに「さみしさ」がこみ上げてきます。
今回は以上です。
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