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不識、喫茶去

日本画と文化について

NHK「第1回 江戸あばんぎゃるど」私的まとめ -その2

2026年1月11日

※この記事は2019年1月にブログに上げた記事の書き直しです。

2019年1月に放送されたNHKの「第1回 江戸あばんぎゃるど」の私的まとめの続きです。

3. エイブリー・ブランデージ

1941年、日本がアメリカに宣戦布告しアメリカにある日本資産は凍結された。翌年、米政府が美術商山中商会から没収した美術品を、競売でいわばたたき売りされたものを、シカゴの富豪ビジネスマンでIOC会長も務めたブランデージが買い集めたという話で、これだけ聞くとなんともやりきれない感じだが、逆に散逸を防いだともされていると番組では紹介されていた。番組でアジア美術館の学芸員の方が、ブランデージは根付け収集からはじまり30年以上収集を続けたと言っていることや、戦時中も山中商会のスタッフと交流を続けたなどもあり、確かに日本美術への愛情があった人なのだろう。

コレクションは今はサンフランシスコのAsian Art Museumにある。ウィキペディアによると、あまりの点数の多さに行き場がなく、サンフランシスコ市自体に寄贈したのだそうだ。そして、サンフランシスコ市がこのコレクションのためにアジア美術館を建設したのだという。

ところで、私は2016年6月にサンフランシスコで行われたWWDC2016というアップル社の開発者向けカンファレンスに参加したのだが、その基調講演会場であったビル・グラハム公会堂はまさにアジア美術館の隣と言っていいくらい近くだったので、立ち寄ることができた。

サンフランシスコ アジア美術館(この日は台北の国立故宮博物院の企画展開催中)撮影:筆者
サンフランシスコ アジア美術館(この日は台北の国立故宮博物院の企画展開催中)撮影:筆者
茶室のしつらえもある 撮影:筆者
茶室のしつらえもある 撮影:筆者
日本展示室では柴田是真の漆絵画帳が展示されていた 撮影:筆者
日本展示室では柴田是真の漆絵画帳が展示されていた 撮影:筆者
パネルには漆器の材料や製造工程、環境などが説明されている
パネルには漆器の材料や製造工程、環境などが説明されている

この日は、台北の国立故宮博物院の企画展開催中だったが、常設の日本部屋では漆器(Japanese Lacquerware)を特集していた。それで、柴田是真などが展示にだされていたようだ。

日本美術の企画展の図録など(他の美術館のもの?)も展示されていた。

日本美術の企画展のものらしき図録が展示されていた 撮影:筆者
日本美術の企画展のものらしき図録が展示されていた 撮影:筆者
館内の案内パンフレット、右はミュージアムショップで買った絵はがきとレターセット(左上は狩野祐雪(元信の子)?、右上 柴田是真、下は山本梅逸)
館内の案内パンフレット、右はミュージアムショップで買った絵はがきとレターセット(左上は狩野祐雪(元信の子)?、右上 柴田是真、下は山本梅逸)

4. シャーマン・リー

「鹿下絵和歌巻」は、日本では後の茶道文化において長い巻物を短く切って断簡にしていたため日本国内であちこちに散逸してしまった。一方、全長22メートルの半分近くの9メートルをそのままシャーマン・リーは入手している。そのようなシアトル美術館時代のリーの活躍は瞠目に値するが、クリーブランド美術館においてシャーマン・リーが館長として収集した日本美術も興味深い。

日本では、2014年1月から2月にかけて東京国立博物館で「クリーブランド美術館展」があった。

クリーブランド美術館展リーフレットと目録
クリーブランド美術館展リーフレットと目録
クリーブランド美術館展の図録
クリーブランド美術館展の図録

図録には、クリーブランド美術館の1,950点の日本美術コレクションはハワード・ホリスと、このシャーマン・リーの2人の館長時代にとりわけ充実したものになったとある。

番組では、戦後の荒廃の復興のために日本政府が財産税を上げ、困窮した資産家や寺社などが資産である美術品を手放すことになった経緯が説明されていた。

そして番組では、進駐軍時代のコネクションでシャーマン・リーは美術品を入手できたと紹介されていたが、この図録の松嶋雅人氏(東京国立博物館)の論文には、シャーマン・リーはGHQに設けられた民間情報教育局美術記念物課(Monuments, Fine Atrs and Archives)で美術顧問官を勤め、いわば文化的側面から調査研究していた下地があったことが書かれている。つまり、他のアメリカ収集家は視覚的美しさや西洋から見たもの珍しさで選んでいたのに対し、リーは日本の社会や文化に即して収集を進めているということらしいのだ。だから、クリーブランド美術館の日本美術コレクションは日本の歴史的文脈を見通すことができるコレクションになっているのだという。どういう歴史的文脈であるかは、氏の論文の前半で述べられているが、ここでは割愛する。